missy madras
MISSY MADRAS イタリアの靴ですが式典が相次ぐ3月4月、古い靴がもうその寿命をおえたので新しく購入しました。このマドラス、素晴らしいです。何がって?、買った翌日に履いても足に合わせて作ったようにしっとりなじんで履き心地最高です。お値段はちょっと高めですけど、大人はもう成長しませんから大切にすれば一生履けます。そう思えば割安と言えますよ。買い替えを検討中の方は靴屋さんで1度履いてみてください。その魅力に取り付かれます。私は関連会社の社員ではありません。(笑)。(2005.3.24)
明治生まれの夫婦
私の祖父は明治38年、祖母は明治37年生まれだったそうだ。(あまりに古い話でぴんとこないけど)
がしかしこの夫婦なかなか味のある人たちで、二人が亡くなってから10年たつけれどエピソードにはこと欠かない。いつまでも奥の部屋に二人でいるような気がしてならない。”ばぁさん、お茶にしようさね””はいはい”という感じで・・・・・結婚した年はもう分からない、でも子どもを8人もうけて貧乏ながらそれなりに幸せだったようだ。しかし8人もいれば性格も色々、でき不出来、バラつきあり、私が覚えている叔父叔母の失敗談も多い。何時の世でも子どもは奇想天外、、自分勝手、天真爛漫、それでこそ子どもらしい。私が子どもをもって振り回されていた時期を過ぎてみて思うのは今の時代の子どもは兄弟がなかったり少なかったりするために”人を思いやる”とか”命を大切にする”なんてこと学ぶ機会が少ない。少しの食べ物を分け合う大切さなんて知らない人が多い。苦しくても子沢山でこういう勉強を体で教えてi行った祖父祖母は今生きていたらとてもいい学校の教師になれたかも?と思う。いや苦労しても忘れたように以外にのほほんとしてるのかも知れないなぁ〜〜
女性が一番美しいとき
私が最近気づいた一番びっくりしたことはこれです。それは女性が一番美しいときは飾りもなにもない、お化粧もしていない時だったってこと。例えばお風呂上りのつやつやの顔のとき、眠っている無防備な顔のとき、このときの顔が一番美しく、そしてこれを見られるのは普通の状況では家族なのですね。想いを寄せる人がある場合はこの顔で訴えれば心はきっと通じます・・・・がこの状況を作るのはちょっと難しいですね(笑)。いずれにしろ結婚していれば一番美しい顔は夫に見せているわけです。夫ってお得です。
話さないずるさ
”いいお話”に書くことが適切なのかについてご意見はあろうかと思いますがお許しを。
実は私はおしゃべりが大好き。(かと言って黙っているのも好きなんだけど)
それでいままでたくさんの失敗談がある。この対策として最近では親しい人以外にはあまりおしゃべりをしないようにと心がけている。つい口を付いて出てくる軽口を何時も飲み込むのが大変で・・・・・。
どんな失敗談があるのか?会社員だった頃には社長の陰口を言ったら社長がそこに居たとか、友人を慰めるつもりが話せば話すほどどんどん落ち込ませてしまったとか、早合点で怒り爆発してたくさん抗議したら根本から自分の解釈が間違っていたとか、自分を理解して欲しいために切々と話していたらなんだか違う自分を見せていたり・・・・・・・・・黙っていれば失敗もないのに情けないことばっかり。
だから最近は自分の子どもにさえ気安く約束はしなくなった。守るのが大変だから。なんだかずるいと思うが失敗は半減した。
それでも話さなけりゃ良かったと思うことは未だちょくちょくあって、全くはた迷惑な自分がいる。
もう今では若い頃の”失敗してもいいからやってみたい精神”は何処へやらである。
しかしだんまりも時として心地よく以外にも”にんまり”している自分を見たりする(笑)。
以上 2004.5.7 よもぎやでした
団塊の世代の老後
弘兼憲史さんは「役立つじじい」目指そうと題して
自分たちの世代はがむしゃらに働いてきた世代であっても家族は大切にする世代だと思う。
だから戦前派とは一線を画して定年後に妻と二人になったとたんにうろたえたりし無いはず。
でも定年後の暮らし方が分らなければ妻にとってはただの居候的存在になってしまう。
このとき「家族のために働いてきたのになんだと思っているんだ」なんて言う人はだめで仕事ができたのは妻のお陰と考えることが大切、辛い仕事でもやりがいもあったのだから。
だから定年後は家事は分担して自分は自分の趣味を作り妻の行動に干渉しないこと。年をとったら人の世話になるのはしょうがないこと、そのときは感謝を忘れない心構えが大切だ・・・・と言われる、いや〜〜偉いお方です。
平野レミさんは少しずつ「自立」に慣れてと題して
夫が定年になった友人が愚痴っぽくなった。「どこか行かない?」と言うと{亭主が居るから帰らなくちゃ、あ〜うざい」と言うそうな。
妻たちは夫が会社に行っているとき趣味も仲間も作って自分の世界を持ったのに定年になったらそれができない、いちいち干渉する。
後でこんなに大変な人生が待っていたのかと嘆くそうだ。だから夫には自立してもらわなくてはならないが急にできるわけは無い。定年前から練習期間を設けて少しずつ慣らしていくのが良いと。会社も昼休みに料理教室でもやったら良いと提案する。平野さんいわくこれが「べろシップ」だそうで夫は妻が言うと逆らいたくなるので会社で指導してくれたら社会のためになると言われる・・・すばらしいです。
以上新潟日報1月3日に掲載された「歩み寄れば共白髪」の文の要旨を載せました。
専業主夫
「私みたいに働いている女はね、亭主よりも奥さんがほしいのよ」
独身キャリアウーマンから、ときおりこんな本音を聞く。
幸い、わが家では夫が積極的に掃除や洗濯を引き受けていてくれたので、私の役目は料理だけだったし、それもたいていはデパートの惣菜コーナーで間に合わせていた。
2年前からは、夫が「専業主夫」になり、私はすっかり家事から解放され、「女房関白」の暮らしを享受している。
この状況について、私の周囲の男性たちは興味津々の様子である。
「へえ、ヒモなんだ。いいなあ、それって男にとって理想の生き方なんですよね」
ヒモ? それじゃまるで私、風俗嬢みたい! ちなみに「大辞泉」によれば、ヒモとは「女を働かせてお金をみつがせる情夫」とある。
じゃあ「ヒモ」の女性名詞はなんというのかしらねえ? ともかく、私が夫に渡しているのは2人の生活用で、その大部分は食費だ。これを「みつぐ」とは言うまい。
「ヒモというより、無給の家政夫だと思いますけど」 こう反論する私だが、心の中では夫に感謝しているし、(自分でもときどき不思議に思うが)今の暮らし方が、すこぶる気に入っていて、全然いやではないのだ。
夫の残業が多かった頃とは違い、夕食はしかるべき時間に、2人で食べられるし、彼の料理の腕も上がりつつある。
また彼の在職中は正月や盆休みなどピーク時に限られた旅行も、私の都合しだいで、シーズンオフに行けるようになった。暇な夫はインターネットで英仏語の旅行情報を集める。
何時まで続けられるか分らないが、とりあえず「ゆとりあり人生」という気がする。
新潟日報10月21日”あらかると”と題して掲載された大阪府立大学教授 堀江珠喜さんのエッセイより
パンと父
私の幼いころの思い出には、祖父母を中心に大きな食卓を囲んだ折のものがたくさ
んあります。今考えますと、そのことがこの仕事に進む環境であったように思われます。
ドイツでの勉強を終えた私の、最初の生徒になった父のパンに、母の手料理のある食
卓は、この20年以上、若い方から90歳を超えた方までたくさんの方々との出会いの
場所になりました。
長男が大学スキー同好会の大会に出場し、持ちかえったメダルに沸き上がった日曜日
があれば、女性新聞記者に、世界で関心が持たれる環境問題の国際会議の取材の話を
聞き、皆でディスカッションした夜もありました。小さな山荘では、京都から毎夏来て
くださる方の力強いテノールの独唱を楽しむのが恒例となっております。
月に数回、母が友人たちとオランダの人形作りで過ごす日のお昼どきには、いつ
も父の焼くパンの香りがしてきたものでした。これらの食卓で、皆様の豊かな人生の
お話を伺い、貴重な生活経験から大切な伝統や知恵をどれだけ学ばせていただいたこ
とでしょう。
この本の撮影がすんだすぐあと、ドイツの田舎の学校へまいりました。パンとケー
キの勉強ともう一つ、今回、私はどうしても味わいたい思いでのハイデルベルグのレ
ストランへ出かけました。ハイデルベルグ近郊のシュビッツンゲン特産のホワイトアス
パラガスは、夏至を過ぎると決して市場に出ない、6月だけの短い味覚です。やはり
「スペシャルメニュー」としてありました。直径2cmほどはあるホワイトアスパラガス
が束のようになってたっぷりのベシャメルソースとともに出てきましたが、本当におい
しいのもでした。
このホワイトアスパラガスの味は、以前、父と2人でドイツを訪れたときに知った
ものです。そのハイデルベルグでオーブンミトンを購入しました。パンを手に抱え、に
っこりほほえむ白髪の男性をデザインしたふっくらと綿の入ったオーブンミトンを昨
年亡くなった父へのおみやげに決めました。
まじめな父の焼くパンは、どこか控えめな表情をし、やさしげでかみしめると深い
味がしました。どちらかといえば不器用な父ですので、決して形は良くないの
ですが、よい味の、私の好きなパンの一つです。
パンを焼きながら父とたくさんの話をしました。「パンを焼くことは自然を育てる
ことだね」と父が言いましたときに、父の焼くパンの心に触れたように思いました。
帰国して、おみやげのオーブンミトンを笑顔の父の写真に供えました。
たくさんのパンとの思い出を皆に残し、父は永遠に旅立ちました。
この20年間、パンを焼くことで多くのお友達と幸せの輪をつなぐような
両親の日常生活を微笑ましく感じてまいりましたが、私自身もパンとケ
ーキを焼くことによって多くの方々に「ホームメイド」の本物の豊かさと幸
福を知っていただく仕事に、誇りをもってこれからも精進していきたいと
思っております。
NHK趣味悠々
これであなたもマイスター
手づくりパン工房
講師島津睦子1998年9〜10月
より抜粋